体力勝負のミラノ11月場所が終わりました。
おととい久々に家に帰り、体重計に乗ったら「人生最大の重さ」でした。
日記に「初重量」と打ち込んで変換したら「初十両」となったのにはビックリ。
やはりこのままでは、土俵入りも近いか。
ミラノでは連日「日本食の喰い貯め」をしていたので無理も無いですが、
それでもちゃんと仕事をしたし、建築も見ました。
そんな実り多き11月を振り返ってみます。
(もしかしたら、間工房の検閲で、1枚没収になるかも知れません。
でも、あれがないとイタリアの空気が伝わりません。
俊彦センセ、寛大なお処置を!)
1=スイス国境の村ボルミオにて。 近くには良いホテルが無くて、 仕方なく?・・・温泉スパが付いた5星宿に滞在。 朝はこのような屋外温水プールで禊ぎをしてから仕事に出発。 仕事後には打たれ湯をして一日の反省、 そして夕食という聖職者のような生活。 眼が澄んで来た実感有り。 |
2=「私は旅のコーディネーターで、今回は特別ツアーの下見」ということで宿を予約したら、 ロイアルスイートに僕一人で泊まるはめに。 しかも料金は三分の一!!! 部屋は50平米で二つのバスタブがこのような石造りとジェットバス。 どちらも温泉のお湯が使い放題。 一人でお風呂に入るは何だか淋しいので使わなかった。 |
3=仕事は極めて順調に進み、忙中閑あり、 スイスの山までミニトレインに乗って出かけた。 あの下の村からはるばる登って来ました |
4=タンク貨車のオイルの垂れた跡が美しい。 ハエが最高のポイントにとまっていた。 |
5=山頂からの眺め。 そこのレストランで美味しい昼食のはずが、季節外れで全部閉まっていた!。 静けさと光を満喫して、空腹のまま3時過ぎに下りて来た。 この無計画の楽しさ!。 |
6=駅も封鎖されている。 次に開くのはクリスマスから元旦まで。 線路にはアルプスの青い空が映っている。 |
7=駅の倉庫の扉の表示、解釈さまざま。 A:鍵穴から覗くとガイコツが見えるよ。(まさか!) B:開けたらいけない!危険がアブナイ!。 (でもこれは文が否定的でイタリア的でないので、言い方を変えないと) 開けたらラクーに行けるよ!はい、どうぞ!。 C:ハイル・ヒットラー!!(何だかガイコツが手を振っているように見えませんか?) それにしても、これだけ怖い扉が半開きになっていたのこそ、怖ーい!。 |
8=ミラノに入る。ドゥオーモ広場にて。 鳩に占領されている彫像。 このフンで石像が傷むのです。 ライオンが「臭いよ、まったく!」という顔をしている。 |
9=ナポリ風ピッツァ店の前菜。 チーズ、サラミ、ピクルス、キノコ・・・これにビールでアナタ、テンゴク。 ちなみにこれで一人分ですが、2人でも食べきれなかった。 イタリア人は胃が4つある、とは僕の説。 |
10=バイクショーの会場にて、黒山の人だかり。 その中心にはトップレスのネエちゃんがオッパイ丸出しでバイクに跨がっているではないか。 フラッシュの洪水! 陽気でいいねー、さすがラテンの国のバイク祭りだ。 僕も一応、状況を記録しました。 |
11=こちらは広場にて。 さすがにポリスは裸では無かった。 しかし、イタリアなんだからBMWのドイツ車はないだろう? モトグッチかドゥカーティだろう! |
12=武具美術館にて。 闘いの場に於いてもオシャレにこだわる。 日本の武具も全く同じ。 |
13=もっとも、一歩間違えば死装束になるわけだから、凝るのは当たり前か? 怨念がこもった様な、素晴らしい作品。 |
14=近代ミラノのシンボル。華奢な鉄骨とガラスの大きな容器。 こういう華麗で無駄な空間は日本には育たない。 |
15=ドゥオーモ連作。 完成まで500年かかった、世界で三番めに大きい教会。 ゴシック建築としては世界最大。 その装飾の基本は「森のイメージ」だそうだ。 |
16=ロシア娘の記念撮影を脇から盗撮。 日本人もこういう時代があった。 発展途上だった、今から40年前の事だ。 |
冬に入る前の「プレゼントされたような陽射し」の中、ミラノから、ク
ルマが無い不便さを利用してPAVIAのCERTOSAまで出かけました。
・・・ミラノ駅からの列車の時間、PAVIA からのバスの時間、バス停からのアシ、
CERTOSAの昼休み、近くにおいしい店があるのか・・・こういったいくつものハンディを楽しみながら、
時間に追われ続けている自分をあざ笑えた、素敵な一日でした。
いざ修道院に入ってみれば、そこは現世との交流を一切断たれて、
自分のアタマとの自問も繰り返すという、拷問に近い修行の日々を過ごした
若い青年達の「生きた墓場」のような、それは静かな空間でした。
今は誰もその「孤独地獄」に志願する人が居ないのだそうで、
僕はかつての「青春の遺跡」を撮り遊びながらここで過ぎて行った
500年の時間というものを考えました。
時間は人間が造ったもの、それに追われるようになってしまったのは、なぜ?
明日からはまた言葉の大海を漕ぎ続ける日々が始まります。