イタリア便り。



今回はちょっと変わった視点からイタリアをお見せします。
「風景を残す」ということに対して、ニンゲンはずっと関わって来ました。
それは洞窟壁画から始まって、様式や技法の進歩、画材の進化等は、
いかに「見たままを残す」かという作業に拘って来た歴史でもあります。
150年ほど前に生まれた写真というものによって、
「見たままに写し取ること」には一応の終止符が打たれました。
そう思っていました、実は自分も。

ところが、カメラを理解して来ると、ニンゲンが見ている風景の半分も写せない、
残せないことが判って来ました。
言い換えれば、ニンゲンの眼・・・この直径わずか7mmレンズのついたカメラの何と優秀なことでしょう。

自分の手で描くことで「ココロ」や「気持ち」を入れられる(入れ易 い?)のがスケッチ。
つまり、そういったココロを写真にも入れられない限り、絵を描くニンゲンはなくならないでしょう。
カメラのシャッターは数百分の1秒。
スケッチは、(早描きのお 恭こと、KKのK先生でさえ)20分は最低かかります。

時間がかかることで、ウソがバレてくる、自分が出て来てしまう、
気持ちが積み重なっていく・・・そういう恐ろしい作業がスケッチなのです。
「描かない限り見ていることにはならない」・・・
これは僕の好きな津田季穂(つだすえお)さんの言葉ですが、
絵にしても、写真にしてもココロが入っていないと、意味がありません。

「撮らない限り見ていることにはならない」・・・これが写真家向けの言葉になるのかも知れません。
キツいですね、かなり。 ・・・と、まあ、大上段に書いてみましたが、
今回は描き溜めたスケッチと、その場で感じたことを書いてみます。

技術面ではもちろん、作業しながらの思索面でもいろいろ苦しんでいます。
でも、まだ下手ということは・・・これからもっとウマくなれるということなので、気長に行きます。


1=アオスタ渓谷・1。

数年間で何度も描いた、ほとんど「行きつけ」 のモチーフ。
サン・ジャックという小さな村の登山道分岐点。
真っすぐ行けば「白い峰渓谷」を経由して、数時間後にはマッターホルンを見る峠に登れる。
一方、右に行けば、氷河のしっぽを迂回しながら、ヨーロッパで一番高 い山小屋に着き、もうほとんど天国からの視線で下界を見下ろせる。
この素敵な民家を何回も描くうちに、そこの薪の前に居たシェパードが居なくなっていた。

そして昨年、久しぶりに訪ねてみると、家の壁は塗り直され、新しい窓枠が嵌っていた。
・・・壁が塗り直された次点で、僕の、そこで過ごしたひとときも覆い隠されたのだった。
2=アオスタ渓谷・2。

山腹の無人屋。
現地の石を丹誠込めて積み上げ、個性的、偏屈的に曲がった木材を騙しながら家の建築材として使っ ている地元民の傑作。
今は、まず屋根の水漏れから木部が腐り、屋根が落ちて、この後は一気 に崩壊が進む。
手前には修復用の材木が用意してあったが、毎年行っても、その位置が 変わることは無かった。

夏の日差しは、そういった感傷には一切眼をくれることなく、気持ちよ いくらいの残酷さで全てを乾かしていく
3=アオスタ渓谷・3。

ここも2回目。
かつては2階のテラ スに黒い犬が居た。今は鳴き声もしない。
急斜面に立つこの家からは、思い切って落ち込んだ谷を経由してから、
その視線の遥か彼方にモンテローザの柔らかな曲線を持つ真っ白い氷河 が見える。

夏の午後、草陰で鳴くコオロギを聴きながらスケッチするのは、多分、 最も幸せな時間に違いない。
4=アオスタ渓谷・4。

シャンポルー村にて。
1200年代の壁画が 残る民家。
旧道沿いに在った由緒ある建物だそうだ。

クルマ道路ができてからはちょっとヒッソリとした一角になって、趣味 の絵描きには都合が良い。
好きな音楽を聴きながら一人で楽しんだ。
でも、背中に夏の陽射しを浴 びながらの数時間で、首の後ろがヒリヒリ。
5=アオスタ渓谷・5。

シャンポルー村にて。
大きな民家。 家を愛する心が伝わって来るテラス。
全て地元の石と木材で、真っすぐ なところが一つもないという素晴らしさ。
午後に壁面を描いていると陽射しが逆光になってキビシいので、光の良 い午前中だけの作業。

初日はペンだけ、二日目に色を乗せた。
そして3日めにもう一度全体の 色を調整に。
おかげでそこに住むオバアちゃんと顔見知りになった。
6=アオスタ渓谷・6。

真夏の初雪。
あの年は、標高2000mの山 小屋に2週間ほど滞在。
徐々に身体を慣らすべく、少しずつ高度を上げながら登り、自分を疲れ させることでリラックスしていくと言う、自虐的な日々を送っていた。
とは言え、「今日は登山せず、小屋まわりで自習(?)」という日も多 かったので、その辺はいい加減にサボっていたのも事実。

ある朝、起きてみると、目前の峰に今年の初雪。何と8月の中旬である。
その白い山肌は異常に美しく、そしてまた、一見した時に「水彩で新し い描き方ができそうな」感じがして、すぐに描きだした。
それまで、下描き無しで水彩だけで形を写していくというのができな かった非力な自分であったが、この時は不思議とウマく行った(ような 気がした)。
でも、この時につかみかけたこの技法を、まだ完全にはマスターできてない。

そういう意味で、この一枚は今後の行き先を示してくれている。
墨彩画でもやれば良いのか?まだ先は長い。
7=アオスタ渓谷・7。

上の技法の感触を逃すまいとして、続けて挑ん でいた頃。
ヨーロッパで一番高い小屋まで泊まりに行った時のもの。
いきなり筆で 描きだして,そのまま追い込んでいく。

もしかしたら、こういう技法には紙の質が合わないのかもしれない。
それと、手元にドライヤーがあって、乾燥が早いともっと早く描けて光を逃さないのだが。
8=アオスタ渓谷・8。

上の作品と同じ登山道での作品。
あの尾根をよ くも歩いて来たものだ!。
右も左も絶壁だったからね。
紙の質も大事だが、筆ももっと大事かな?と判って来た。

これは紙がハ ガキ大と小さいので、比較的早く描けたが、いつものサムホール大だと 2倍の時間がかかり、高山では寒くて大変。
白の部分、いかに残すかを 最初から頭の片隅に叩き込んでおかないとダメなので非常に気を使う。
9=アオスタ渓谷・9。

2000mの山小屋で夕食前の残照スケッ チ。
暗くなったので下半分が未完成のまま。
何となくコツが判りかけた気はするが、もっと沢山描かないとマスター するのは難しいだろう。
でも、こういう無垢にして雄大な景色を前に、食前酒をひっかけながら 筆を走らせるというのは感無量。

絵なんか描かずにホロ酔いで眺めていろって?正解かも。
何もしないと いうのこそ最高の贅沢。
10=コルティーナ・1。

ドロミティの真珠の街。
この建物は火事に なった民宿。
半壊状態だが、壁が素晴らしいので午後に描いた。
12月だったので寒 かったが、今となっては取り壊されて消滅したモチーフなので、大事な思い出。

オトコだけ6人で出かけ、僕は昼はスケッチ、午後は夕食を仕込んで、 スキーから腹ぺこで帰って来る5人を待つという日々。
朝は、まず、ベーコンが0.5kg、タマゴが1ダース、パンが3本 一瞬にして消えると言う、軍隊のような生活。
11=コルティーナ・2。

郊外にあったシブい家。
ドロミティ山塊を バックにした木造民家。
黒猫がウソのようにバルコニーの手すりに載っ ていた。
寒い中で描いていると、家のオバアちゃんが出て来て家の由来を話してくれた。

なんでも銃の新機構を発明した人の実家で、オーストリア政府に招かれ て大金持ちになったそうだ。
後で物置の中まで見せてもらい、数十年前の家の写真までくれた。
12=地中海ジッリオ島・1。

義妹夫妻がジェラート屋をやっている小 さな島。
一ヶ月ほど滞在して毎日海へ出かけ、2人の子供の相手と言 う・・・仕事よりも疲れるバカンスを頑張っていた。
でも空いた時間を見つけては街角に立って描いてもいた頃。

家の壁は微妙な色彩が美しく、また、海辺の街独特の「ほったらかし具合」にはほとんど涙が出る。
こんな路地には誰も立たず、誰も描かず、垂直な直射日光だけ。
13=地中海ジッリオ島・2。

島の港に一本だけあるメインストリー ト。
描いていると子供達がまわりで人だかりを作る。
脇のレストランが、「夕食一回分で作品と交換はどうか?」と提案して来るが、「魚料理は自分で出来るから、さ」とお断りした。
14=地中海ジッリオ島・3。

港で一番の壁。赤を基調にたくさんの色が混ざる。
ただ、壁としては大きすぎて、また見上げる角度がキツすぎて難しいので手がけられずにいた。
毎年、傷みが進み、どうやら家が売れたらしいと情報が入ったので、壁 の塗り替えが行われる前に描いておくことにした。
15=地中海ジッリオ島・4。

これはその北面。美しい模様が展開して いた。
カーフェリーが着く波止場のど真ん中で立っているので、何度もポジ ションを変えた。
中央の建物にはバルコニーがあったが、邪魔なので描いてない。この辺 は写真と比べて、スケッチの便利なところだ。
今は全面的に塗り直されて、かつての美しさの面影は無い。
16=地中海ジッリオ島・5。

路地にて。
古い日時計がある。
今は誰でも1000分の1秒まで知らせてくれる時計を腕に着 けているので、もう誰も必要とせず、誰も見てくれない。
「棄てられた女よりももっと不幸なのは・・・忘れられた女です」。

その右のドアが開いている時は、車椅子に座ったオバアちゃんが、一日 中そこから外を見ていた。
スケッチが終わってから彼女に作品を見せにいった。
今はもう居ない。
17=地中海ジッリオ島・6。

港の壁。
波止場の家に、カラフルなドア が並んでいた。
壁マニアにはもう、完璧なモチーフ。
写真でも撮ったがスケッチの方が 面白みが出た。 ここには全てがある。いや、あった。
残念だが今はきれいに塗り替えら れてしまった。
18=地中海ジッリオ島・7。

港へ抜ける路地。
小さなトンネルがあっ て、そこを抜けると波止場の真ん中に出てしまう。
上の作品12のトン ネルの反対側だ。

2日続けて現場に立っていたので、画面中央のベランダに洗濯物を干していた女性と顔見知りになり、描き上がったスケッチを見に来た。
「カラーコピーしてくれれば、家に飾っておくわよ」と、さすが中年オ バちゃんのパワーは凄い。
後で義妹にその話をしたら「あの人はエゲツなくて有名!」とのことで あった。
19=トスカーナ。

サンジミニャーノの広場。
朝、出発前にちょこっと 描いたので未完。
二つの壁面の対比が面白い。
これを仕上げに戻りたいこのごろ。
一緒に来ます?
20=トスカーナ。

モンテ・リッジョーニの広場。
これももう一息で時 間が来たので未完。
塗り替えされる前に仕上げに行きたいけれど、一緒に来ます?
あなたはそこのベンチで日向ボッコして待ってればよろし。
21=シルミオーネ。

遺跡の壁の穴。
うーん、下描き無しで結構やれるじゃない、オレも。
「今後はさらに研鑽を積み、水彩の道に精進致す決意でございます」っ て感じ?先は長いなー。
これももう一回チャレンジしたいけれど、一緒に来ます?