キド・アイラク・ニホン 1  


7月末に母が入院したと電話あり。
決して危険な容態ではないが、自分の仕事には緊急時でも代打が出せない事、
もう2年は帰国していなかった事、イタリアの会社が壮大なバカンスに入って仕事 に空きがある事、
等で今のうちに帰っておくことにした。  

思い起こせばイタリア生活は今年で27年目、つまり人生の半分である。  
アポロ宇宙船が月に向かう時に、地球の引力圏と月の引力圏が釣り合った「引力の峠」があり、
そこを過ぎるとそれまで「月に向かってい た」アポロは、いわば「月にゆっくりと落ちてゆく」ことになる。

今まで日本に帰るたびに、自分の眼が「ガイジンの眼」になっていて、日本は「何とも変な国」に見えた。
ただ、その「眼」は、3日もすると、いとも簡単に日本に「帰化」してしまい、
「変だった風景」は普 通のものになってしまっていた。  

ところが今回は、この「ガイジンの眼」が最後まで抜け切らず、自分が、もはや「引力圏の峠」を超えて、
「あちら側にゆっくりと落ちて」 行きつつある事を知らされた。  

自分に取っての「母国」というものが、希薄になって行き、
やがて自分は世界中のどこに居ても「母国喪失感」を味わうのだろう。  
「根無し草」であることを目指して生きて来たわけではないけれど、 これは、少し嬉しく、淋しい事だった。  

こういう感覚は、同じ経験をした者でないと伝わらないだろうが。    

帰り道、パリ乗換えで、13度の寒さに迎えられた朝の4時。
誰も居ない待合いラウンジの長椅子で一人でピアノソロを聴いている と、日本に残して来たもの、
イタリアで待っているものがいくつも、熱 帯森林での蝶のようにまわりを飛び交う。

一人で聴く一人のピアノ・・・という構図は、なかなか捨てがたい。
最後まで「ガイジンの眼」のままだった為、今回は最後までカメラを離 せなかった。

そんな「ガイジン」が見た日本を、喜怒哀楽の4つに分類してお見せします。


1=喜!成田着が朝の7時、さっそくまずはアンパンとお茶で前菜代わ りにし、すぐに4階に上がる。
ムショ帰りの凶悪犯が街に放たれたごとく、各店を物色し、侵入計画を 練る。
眼はランラン、腹はグーグー、でもここは食い物天国!迷っている自分 が恥ずかしいくらい。
2=怒!どこで朝食を取るか、厳しい審議が続き、瞬く間に30分経過。
5階のうどんカウンターで「シャブシャブうどん」というのがあり、
そ の朝、ヤクで逮捕された芸能人に捧げるべく、それかな?と思ったが思 い直してまた4階に降りる。
何と、「おタバコ吸えます」なんて言うハレンチな店を見つけ、ガイジ ンの眼はそれを逃がさず記録したのでした。
3=楽。カッコいいねー、アンちゃん!
紫の仕事着がイカすぜ。
土木建築関係の方ですね?
4=楽。讃岐うどんのセルフがあり、賑わっている。
初めての我ら「讃岐うどんシステム初心者」も、値段を見てかなり安いので入ってみた が・・・。
5=怒。ほれ、天ぷらだ!、オニギリだ、やれタマゴだ!、エーイ、つ いでにお稲荷さんも!。
・・・結局、気が付くと900円くらいに なっているという怖ーいシステム。
6=哀。成田から前橋直通バスに乗る。
途中でこういう、「誰が?何の ために?何を見るために?」という疑問符一杯の淋しき観覧車に出会う。
「都市に暮らす小家族のささやかな日曜日用」ではあるのだろうけれ ど、ガイジンには不思議。
7=哀。これは駅ではありません。
高架のガードにくっついたパネルの 寄せ集めです。
こういう殺風景なところから「旅」には出たくないな。
自分の中でケジ メが付かないよ。
8=哀。オフクロの病院食。
「喰うために生きている」ような息子から 見ると「生きるために喰う」苦行のような夕食。
「マズいよね、当たり 前だ。オレが作ってやろうか」と言いかける。
9=喜。ギョウザのデパートのような店。
ラーメンもまたウマいが、まずはギョウザを上から4つ。
10=喜。下から牡蠣、ホタテ、タコ。
この一個師団を ビールとともに胃袋戦線まで送り込む。
後からラー メン部隊が応援に行くぜ!という壮絶な激戦の夜。
11=楽。農協直販市場に行く。
宝石のようにキレイなピーマン。
高い のは当たり前よ、宝石なんだから。
12=哀。地方都市前橋の中心部。
痴呆都市と書いた方がよろしいか?
我、若き頃、清新の想いで、女子高生に出会うべく、たくさんの人出を かき分けつつペダルを漕いだのは幻か。
限りなく、どこまでも淋しく なって行く。
定休日かと思ったほどシャッターが閉まっている。
これを 「再生」なんかできっこない、つまり瀕死の、危篤状態の街が横たわっ ていた。
13=怒。電線が邪魔、空のミニクサはほとんど発展途上国。
ミニクサを漢字に直しなさい。
14=楽。試験管野菜?。
キレイすぎて使えないよ。
15=楽。「出たー!」の第一弾。
イタリアでも有名な高価なメロン。 ついに撮影しました。
ボローニャだとメロンの産地だから1ヶ 150円くらい?写真がないと信じてもらえないので良かったー!
「先ほど入ったニュースによりますと、前橋市で、高価なメロンの切り分けで、
寝たきりの老人(82)と長男(55)が口論になり、
長男は手にした包丁で父の腹部を刺して死亡させました」メロン殺人事件ですね、これが。
16=怒。オイオイ、パンが250円とか300円だぜ。
いかに ベーコンが、エビが入ろうと、粉と空気だよ、中身は。
自分で作りな さーい、怠け者主婦め!
17=楽。こ、これが2205円?
中国製の素材でボロ儲けでっなー!
これだって、まとめて20ヶも作ってみな、1ヶ500円くらいだ から。
難しくないって。
むしろ、良く出来た、このロウ細工を自宅に欲しいよ。
18=楽。「出たー!」第2弾。
ス、スイカが2000円だとよ!イタリアの10倍だ。
「スイカの切り分けの微妙な角度で、孫と口論になり、近くにあったカ ナヅチで・・・」スイカ殺人事件ですな。
19=楽。鮮魚スーパーでの氷無料システム、凄い!座布団3枚!。
アナタ、こんなのがナポリにあったら大変ですよ、スーパーの駐車場に カキ氷屋が最低3軒!。
名前は「サン・ジェンナーロ」「サルバトー レ」「オ・ソレ・ミオ」。
で、この無料氷の取り合いで口論になり、近くにあった350円の使い捨て傘で・・・カキ氷殺人事件ですがな。
20=楽。お彼岸で、高校時代の彼女のお父さんのお線香を上げに。
行ったら即、ツマミが連射だ!
こ、これでは、冷蔵庫からビール缶が自 分から転げ出て来るよ。
「昼間っからこういうの出すなよ」と言いながら飲み会モードに突入。
今、当時の彼女と同じ年頃の娘を持ってみると、あの頃の自分は、お父 さんに嫌われていたんだろなー、と判る。

後輩も交えて昼間から中学同窓会。
中学と言っても「前橋アル中です」って?
おかげで、お父さんのお線香を上げ忘れたけれど、「ま、いっか!」。
30年前のアジア大陸横断隊、生田隊長に迎えに来てもらい、そこに泊まる。
21=楽。生田夫妻と日曜日朝食後。
どこかに行こうと、朝の10 時過ぎに相談しているアホな俺たち。
「高速が1000円で乗り放題だからできるだけ遠くへ・・・」とア ジア大陸横断隊の元隊長は、はるかカイバル峠を見るような目つき。
いっそ、新潟の酒屋にお婿に行った、匿名の中曽根透が、今はラーメン屋をやってるそうだから、そこまで行ってみようと決まる。
「すぐそこのラーメン屋」ではあるが、片道218km。
しかも、店 の電話も、定休日も確かではない。
パドヴァまで屋台のタコを150kmかけて行く僕ではあるが、この 日曜日、生田夫妻の粋狂には感無量。
「まあ、行って休みだったり、店が潰れていても、他のラーメンにシフ トできるという事で・・・」と行ってしまうことにする。
計画のある旅だと、ココロは解き放たれないよ。
ダメなら笑えば良い じゃん。
で、いざ、出発ーーー!
22=喜!機!希!。
居たのだ、中曽根は頑張っていたのだ、アタマは 薄くなっていたけれど、店は繁盛して、そしてなにより元気で、あの声 で生きていた!。
遥々来て、本当に良かった。ほとんど27年ぶりの悪友の顔であっ た。
23=喜二乗。このラーメンが、凄かった。
どこにも弟子入りせず、自分の感性を頼りに磨き上げたシンプルにして奥深きスープ、極限まで細 く仕込んだ麺、絶妙のチャーシュー。
僕の作ったイタリアラーメンが足元にも及ばない、完敗。
でも乾杯!。
24=哀。せっかくだから海へ。
「北朝鮮の海岸です」といっても判らないような、何だかとってもアジア的な砂浜が展開した。
25=哀。新潟の中心街。
ここも死んでるねー。
ざわめきがない。
どう したら良いのか? クルマ文化と大型店が街を涸らしたのだ。
26=楽。日曜でもやっている鈴木鮮魚店へ。
こういう市場っぽい場所って、ココロがホッとするのはなぜ?
27=楽。ジーちゃん、バーちゃんのコーナー。
ヤクルトジョア飲んで、ゲートボールの話かな?