ミラノ生活はいろいろありながらも、都会の便利さとそのちょっとした殺伐さの間で自分の感性を磨いて行くという、まあ「人生最後まで結局は勉強なんだなぁ 」と気づかされる日々。
ハマっているのは、街の片隅や地下鉄の中で文章を書くこと。

お気に入りの音楽 (それはNY、KJ、PFの3大おなじみ、そして無名のJNであるが)をiPODで聴きながら
今感じていることや新しいメニューの構想、それに下手の横好きで書き続け ている恋愛小説などを、
これまたお気に入りの太めの万年筆で書いていくのだが 、実にインスピレーションが溢れてくるのには驚いた。

部屋で悩んでいたら、ダメよ、あんた。
イタリアの街は、今更僕には「異国」とは感じさせてくれないが、
それでも時々はびっくりするような風景に出会い、感動や感激の風が吹いてくる。

ああ、生き ているって、しみじみ楽しいんだよ。
もう半世紀以上前に、親父の精子がオフクロの卵子に侵入してくれて、ありがとう。
その日も聖堂の階段で書き物をしていたら、目の前になにやらアジア人がわらわら集まってきて、
そこへどういうわけかテイクアウェイのピザを5箱持った男が 来て突然、路上夕食会が出現したのだった。

こういうことをやっているから、アジア人は馬鹿にされるんだぜ。
ああ、オレと違う言葉を話す民族の人たちで良かった。
トロリーバスの電線からガイドが外れて、交通渋滞。
手慣れたベテランおじさん が一発でハメて、バスは走り去っていった。
珍しいものを見させてもらった午後 。
最初の店は一ヶ月で辞めて、ちょっと充電期間。
そこへ、あのあれがこうなんだが、でももしかしたら、ほら、あっちがなんだかさ、
やっぱり例のあの人が・・・とごちゃごちゃ話が転がって、なぜかモナコ公国のモンテカルロに手助けに行くことになった。
シーツと枕、包丁を持ってどこへでも、その場の状況で深く考えもせずに流されていく、
そういう自分の毎日がキラキラしている。
そう、今さら怖いものなんてないのさオレには。それに「判断力」というのは臆病の別名だぜ。

これはモンテカルロ駅。岩窟に掘られた、それは整然としたすてきな空間。
フランスの空気が満ちている。
路地の店で遅い夕暮れに一人で食事。
石畳の道から見上げればベランダがあった。
きれいでシャレている。
南イタリアではこうはいかない、もっと、なんと言うか 人間臭い。
モンテカルロはとにかく街がきれい。
ゴミも落書きも無い。
ちょうどディズニー ランドのような感じ。

これはお犬のお散歩の際のおウンチを入れるためのおビニ ール袋の無料配布ボックスですのよ。
その袋の色が真っ黒というのもさすがだね 。
お金持ちの街なのでこんなのがゴロゴロ。
どこを撮ってもロマンチック。(俺的 には物足りないがね)
有名な高級ホテル。カジノの近くだ。
次の新婚旅行はこういうホテルの朝食ルー ムでアンパンにほうじ茶だな。
道を登ると視界が開けて港が見えた。
後ろは南仏の断崖風景。
シンガポールとは 、なんと言うか、格が違うね。
3日前に行われたF1レースの観客席がまだ解体されてなかった。
金網の向こうの狭い道を300kmで走るんだから、すごい迫力だろう。
グレースケリー記念劇場。
美しい人でした。
クルージングの大きな船が停泊中で、夕焼け見ながらこれから好きな人と白ワイ ンかな。
ま、次の人生でね。
花たちが整然とした花壇で生きている。
この街を象徴するような風景。街の花、 花の街。
「空中庭園」という名が似合う手入れされ尽くした空間。
歩いていても全く安全 というのが感じられる。
でも、そこのポールに設置された防犯カメラのおかげかもね。
ヨットハーバー。
自分の妻か、娘の名前を付けた白い船に乗れるお金持ちが憧れるこの小さな国の玄関。
観覧席の撤収が進んでいる。
年一回の行事のために莫大な費用をかけて何万人も の席が作られ、そして消えてゆく。

その目前で繰り広げられた自動車レースでは 、それこそたくさんのドラマが生まれ、何人かのレーサーが死んで行ったが、
過 ぎてみればすべては「モータースポーツの歴史と伝統」の1ページになっているのだった。
積み木のような高級マンションが重なる風景を見ながら、小さな公園で携帯をす る男。
どこに行っても地面というものが無くて、靴は泥で汚れないけれど、寂しいんだ 、オレは。