Anamnesis−内面への旅− 作品解説
ポタリについての解説
雲についての解説
帽子についての解説

Anamnesis −内面への旅− 作品解説

アナムネシス、とはギリシア語で「想起」という意味。
プラトン哲学では、精神がこの現象界に生まれる以前に、イデアの世界で得ていた直感を想起するのが、真の認識であると考えた。


1999年、日本橋「千葉銀ギャラリー」で作品「RECOLLECTION」を発表して以来、
「ANAMNESIS」として作品をシリーズ化して成田、広島と展覧会を続けてきました。
今回の展覧会では、雲の形、陶人形ポタリ、帽子、鏡などのピースを使い、
見た人が内面の何かの感情を刺激されて内面を探る旅に出かけるきっかけを作る、
という目的でコンポジションしました。何げなく歩いている、かたわらにポタリが居る。
なんだろうと、少しドキリとする。美術館の中庭に入るとポタリの数が増してくる・・・。
歌っているようにも、何かを語りかけているようにも見える。精霊のようにも、
死者の呼びかけのようにも、新しい生命の発生を予感させるようにも感じられる。
こういった心の動きが、はからずも見ている人自身の心の動きをたどっていることに
他ならない。 広い前庭の前に出ると、集団でポタリが出迎えてくれる。
歓迎しているようにも、何かを訴えているようにも見える。
しかし、一つを見ていたときに感じられた親しみが、数を増したことで見失われ、
集団としての見え方に変わったことに気づく。
一つ一つが手作りでできていて、同じものが一つとしてないのにもかかわらず、
それぞれの個性が見えにくくなってしまった。
館の内部にはいると、そこは静寂の世界。
揺れ動いた心を休めて、静かに心の内面を見つめていただきたい。
形の変えない雲。さわれるオレンジ色の空。その向こうにある宇宙。
正面には、帽子と共に自分の姿が映る。
虚像と実像の入り交じった世界をみつめることになる。
外に出ると、ふたたびポタリの集団が目にはいる。
館に入る前と後とで、何か見え方が変わったでしょうか?
そして、振り返ると館は雲のかなた。
なんだか見たことが夢の中の出来事のように思いませんか?

この作品を通して、あなたはどんな内面の旅をしたのでしょうか?


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ポタリについての解説

この陶人形の名前は「ポタリ」。
陶器のことを英語で「pottery」ということから付けました。
これらはすべて、陶芸教室から出る、残土またはくず土、とよばれる再生土
で作られています。
ですからその時々で土の色がいろいろになって、おもしろいのです。
作者はこのポタリを作ることを通していろいろなことを学んだり、表現したり、
はたまた適度な運動として、これからどのくらい続くかわからない命の中で、
ひたすら作り続けていきます。
ろくろで一体作るのに4分間、かかります。
ポタリの背後には番号が付けられていますが、この数字に4を掛けると、
作者の人生の中でポタリ作りに関わった、時間が計算できるようになっています。
最初の一体目を作ったのが、2002年2月2日午後2時2分2秒。
現在の日にちまでのなかでポタリ作りに費やした時間がわかります。
その時々の、二度と訪れることのない4分間が、記憶されていきます。
ポタリを作ることによって学んでいけることがたくさんあります。
なぜ、作るのか、という疑問を考え続けることが、なぜ、生きているのか、
ということを考え続けることにもなっています。
形のない軟らかい土が作者の手によって形を変え、増えていくことも不思議。
変化と存在の関係にも疑問がわいてきます。
多くのなぜ、をポタリ作りは提供してくれます。
形や表情から、見る人にいろいろな感情を 呼び起こさせたいと思います。
ある人には、土の中から萌え出る生命感のようなもの、
ある人には精霊のようなもの、生きることの喜びを歌い上げているようにも、
死者の呼び声を聞く人もいるかも知れません。
それはその時々にその人が何に鋭く感じられるのか、ということを図らずも
知ることになるかも知れません。
作者はこのポタリを表現手段の一つのピースとして使います。
一つではなくたくさんのポタリを使うことで、個から数、数から個への密接な
つながりを示しています。
一つとして同じものがないにも関わらず、たくさんの数を見ると個が見えなくなる、
ということを警告しています。
また、一つの個は小さくてもたくさんの数になると、別な種類のパワーが起こって
くるのも興味深いことです。
朝起きて、まず無心に土をもむ。
土をもむことでなまった体の筋肉が目を覚ます。
ジョギングやストレッチの代わりに時間があればなるべく土をもむ。
ろくろをひいている間は、なにも考えず、なんの音も聞こえない無の境地。
ひたすら指先の感覚に神経を集中する。ポタリ作りは健康作りにも役立っています。

それにしてもこれから自分の一生の間に、一体何個のポタリが作れるのでしょう?
数えるのはやめておきます。


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雲についての解説

一瞬たりとも同じ形をとどめない、雲。
白いふわふわした形なのに、実体は水蒸気の集まり。
さわることのできないこの雲を焼き物で作ることに面白さがあります。
実体のない形から実体のある形へ。
この雲の形はある日ある時に、実際空に浮かんでいた形です。
デジタルカメラで写真を撮り、コンピュターに取り込んで、輪郭を取り出す。
それをプリントアウトして型紙として粘土の板にうつしとり、焼き上げる。
二度とない雲の形を手にする喜びと共に、切り取られた時間をも形に閉じこめることができます。
心に残る形になるのをじっと待ちながらファインダーをのぞいていると、流れ去る時間を
忘れてしまいそうになります。
思わずその形の変化のダイナミックさに気を取られて、シャッターチャンスを逃すことも
しばしばです。
現在までに2000枚ほどの写真を撮りましたが、その中から気に入ったものを選び出す作業も
楽しいものです。
青い空にぽっかり浮かんでいる白い雲。
いつも時間の流れと共に姿を変えていく。
それに青い空も、色が付いているわけでもない空気。
柔らかそうな白い雲もつかむことのできない、水蒸気。
あるようで実はないもの。
そこで、空をさわれる壁に、雲を溶けてしまわない焼き物に置き換えると、
そこには時間が封じ込められる。
この雲、どんなところに張り付けても、その向こうが空になってしまうのがおもしろいと
思いませんか?
建物などに付けるとなんだか記憶のかなたのものになった感じで、
現実感が薄れて見えてきませんか?


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帽子についての解説

この帽子の形は、ベルギー紳士のかぶっていたものから取り上げました。
というより、私がルネ・マグリットという、ベルギーの芸術家のファンでして、
彼の愛用していたのがこの形の帽子でした。
黒泥という名前の土でろくろをひき、表面をていねいに削ってさらに磨いて仕上げます。
十分乾燥させたあと、素焼きをせずに、無釉で直接、1230°で本焼きをしてあります。
中央に穴が開いているのは、花器としての用途があるためです。
かぶり手のいなくなった帽子。
そんなことをイメージして、記憶を固化させ、その象徴として制作しました。
花を指せるようにしてあるのも、かつてのかぶり手を懐かしみ、慈しむ気持ちを表現しています。


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